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浜村拓夫(・∀・)作品集

頭の中にあるイメージを表現できるデザイン力が欲しいです(><)

クリエイターの評価

目標

クリエイターの評価について、面白い分析がありました。

 

blog.skky.jp

 

コンテンツ産業の特徴


 なぜニコニコ動画のゲーム実況が終わってしまうのかについて語るために、ゲーム、漫画、アニメ、ラノベなど、日本のクリエイティブ産業全般のことから話を始めなければならない。

 

 日本のクリエイティブ産業の特徴を一言で表すなら、「クリエイターの地位が低い」ということになる。

 現在の日本のコンテンツの原型は、歌舞伎や文楽や浮世絵など、悪所から生まれてきたものだ。これらは正統な権力の後ろ盾のない、大衆の自由な取り組みから生まれてきたもので、これが海外のクリエイティブ産業のあり方とは大きく違う。

 

 ここでは比較対象としてアメリカとヨーロッパを例に出す。
 かなり雑な分け方だが、米国はプロフェッショナル、ヨーロッパはアート、日本はアンダーグラウンドと分類して、解説していく。

 

アメリカヨーロッパ日本
強い産業 ハリウッド 芸術、文化 漫画、アニメ
モデル プロフェッショナル アート アンダーグラウンド
特徴 実力主義 貴族主義、階級文化 大衆文化、悪所
消費者の集め方 宣伝と経済システム 価値と権威 参加と好み
クリエイターの評価 高い 高い(偉い) 低い

 

日本とアメリカとヨーロッパで、娯楽の成立過程や仕組みが違う、と分析されています。

この分析が的を射たものであるのか?根拠となる資料や文献等を持っていないので、正確な検証はできませんが、体感的にはシックリ来ます。

 

●海外展開の注意点

日欧米の違いを意識することは、日本人クリエイターが海外に進出する際に、参考になるのではないでしょうか?

→娯楽市場の成り立ち、ユーザーの指向性に違いがあることを知った上で、自分なりのスタイルを展開していく。

 

・プロフェッショナル主義の米国ハリウッド産業

クリエイター志望者は、成功が約束された「場所」を得るために、ライバルと競い合う。日本のようにとりあえず漫画を描いてみて、それが段々人気になっていく……みたいなシステムではなく、作品を世に出す前の段階で選別されるのだ。

 

・階級と価値に規定されるヨーロッパのアート

過去の蓄積を参照した上で「美とは何か」「価値とは何か」を追求していく試みは、ヨーロッパ思想や哲学とも関連が深く、強い影響力を発揮し続けてきた。当然、その文化や創作の担い手には権威と尊敬が与えられる。
 ただ、それは階級という仕組みに依存しているので、かつてに比べてその力を失いつつある。

 

アンダーグラウンドで盛り上がる日本のコンテンツ文化

 アメリカやヨーロッパに比べ、日本のコンテンツは、公的な権力やシステムとは別のところで盛り上がってきた。だからクリエイターの社会的な地位が低い。

 日本のコンテンツが持つ「自由」さは、クリエイターが社会から見捨てられていたからこそ可能だった。

 悪所にある文化だからこそ、自由に作品を作れた。その最もわかりやすい例が「エロ」だろう。

 

エロ(=性欲を利用した金儲け)のコンテンツは扱わないとしても、欧米に比べて規制の少ない日本のコンテンツは、欧米人の視点で見たら面白く見える面があるのかもしれませんね? 

 

欧米では、むしろPTA的な考え方が圧倒的に主流なのだ。


 若い人には、裏の意味とそうでないものとの区別ができないし、むしろ何であれ、その年頃に考えのうちに取り入れたものは、なかなか消したり変えたりできないものとなりがちだから……彼らが最初に聞く物語としては、徳をめざしてできるだけ立派につくられた物語を聞かせるように、万全の配慮をなすべきだろう(プラトン『国家』藤沢令夫訳)

 

 これは、ヨーロッパ思想の原点となっているギリシャの哲学者プラトンの言葉である。多くの教養ある欧米人は、だいたいこのような考え方を受け継いでいる。そういうことは日本の文化の中にいるとなかなかわからない。

 

 海外では子供が見るものはすべて親が選ぶ。子供には「正しい物語」を見せるべきだと皆が考えているからだ。日本の漫画のように子供に選択権が与えられ、作家が子供のお小遣いを当てにして制作を続けてこれた文化は、稀有なものだったのだ。

 

ジブリのアニメ作品は、海外で人気があります。

親子で安心して楽しめる内容だからです。

ヨーロッパの価値観に抵触しない内容でありつつ、オリエンタル(東洋的)な内容を盛り込んだコンテンツを作れば、ヨーロッパでヒットするかも?(・∀・)

 

・クリエイティブ産業の民主化と日本型コンテンツの終わり

 上で述べてきたそれぞれの産業は、良い部分も悪い部分も含めて、次第にその特徴を失いつつある。
 インターネットという流通システムの解放と、制作プラットフォームの充実が、世界的にクリエイティブの民主化の流れをもたらしている。これは避けられない流れだし、嘆くようなことではない。

 プロフェッショナル主義は流通手段が支配できなくなることで弱まり、アートのような権威の幻想は段々と暴かれていき、そして、日本のアンダーグラウンド文化は、それが認められることによって力を失う。

 

クリエイターの自由度が増して、誰もが充実感(満足?)を得られる時代が来るのでしょうか?

 

●制約の解消法

・アメリカ型の制約(流通手段の支配) → インターネットで情報発信

・ヨーロッパ型の制約(権威の影響力) → 過去の資産に縛られない発想

・日本型の制約(サブカルの囲い込み) → アングラからの解放

 

日本のクリエイターが作った作品を、インターネットに乗せて海外へ届け、お互いに良いとこ取りができたらいいですね!?